東京地方裁判所 平成4年(行ウ)72号 判決 1993年4月27日
甲及び乙事件原告
大田康弘
外三四名
丙事件参加原告
小林桂子
外二名
原告ら及び参加原告ら訴訟代理人弁護士
藤沢抱一
同
佐々木幸孝
同
薦田哲
甲及び丙事件被告
東京都知事
鈴木俊一
右指定代理人
金岡昭
外一名
甲及び丙事件被告
鈴木俊一
右訴訟代理人弁護士
伊東健次
乙事件被告
東京都交通局長官端清次
右訴訟代理人弁護士
浅岡省吾
右指定代理人
市川正春
外一名
乙事件被告
戸澤文明
右訴訟代理人弁護士
伊藤健次
主文
一 乙事件原告らの同事件被告戸澤文明に対する請求を棄却する。
二 その余の請求に係る本件訴えをいずれも却下する。
三 訴訟費用は、甲及び乙事件原告ら並びに丙事件参加原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求の趣旨
一甲事件原告ら及び丙事件参加原告ら
1 甲及び丙事件被告東京都知事は、別紙物件目録一及び二記載の各土地において、東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第一〇八四六号事件において昭和六一年四月一六日に成立した和解に基づく六価クロム鉱さい及び二次汚染土の処理・処分工事を施工し、又は訴外日本化学工業株式会社をして同工事を施工させてはならない。
2 甲及び丙事件被告東京都知事は、右1の工事に要する経費に充てるため、東京都の公金を支出してはならない。
3 甲及び丙事件被告鈴木俊一は、同事件被告東京都知事が右2の支出をしたときは、東京都に対し、金一億円及びこれに対する右支払が行われた日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二乙事件原告ら
1 乙事件被告東京都交通局長は、別紙物件目録三記載の各土地において、東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第一〇八四八号事件において昭和六一年四月一六日に成立した和解に基づく六価クロム鉱さい及び二次汚染土の処理・処分工事を施工し、又は訴外日本化学工業株式会社をして同工事を施工させてはならない。
2 乙事件被告東京都交通局長は、右1の工事に要する経費に充てるため、東京都の公金を支出してはならない。
3 乙事件被告東京都交通局長は、東京都江東区大島九丁目二一八番所在の排水処理施設を管理し、排水の処理を行うために東京都の公金を支出してはならない。
4 乙事件被告戸澤文明は、東京都に対し、金一〇〇万円を支払え。
第二事案の概要
本件は、東京都(以下「都」という。)が購入した土地について、都と売主との間で、売主が六価クロムによる汚染土の処理等の工事をするとの裁判上の和解が成立したところ、東京都の住民である原告ら及び参加原告ら(以下、参加原告らも単に「原告ら」という。)が、右工事は環境汚染や人体被害を生じさせる等の点で違法であり、これに係る公金支出も違法になるとして、被告らに対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく右工事及び公金の支出の差止並びに同項四号に基づく損害賠償を求めている事件である。
一当事者
1 原告らは、都の住民である。
2 甲及び丙事件被告東京都知事(以下「被告都知事」という。)は、都の代表者として、別紙物件目録一及び二記載の各土地に関する公金支出命令の権限を有する者である。
同被告鈴木俊一(以下「被告鈴木」という。)は、都知事の職にある者である。
3 乙事件被告東京都交通局長(以下「被告局長」という。)は、地方公営企業である都交通局の代表者として、別紙物件目録三記載の各土地に関する公金支出命令の権限を有する者である。
同事件被告戸澤文明(以下「被告戸澤」という。)は、平成四年六月三〇日まで都交通局長の職にあった者である。
二本件和解契約の経緯等(この事実は、当事者間に争いがない。)
1 都(普通会計)は、昭和四七年九月三〇日、別紙物件目録一記載の各土地を日本化学工業株式会社(以下「日化工」という。)から購入し、また、都(交通局)は、同日、同社から同目録三記載の各土地(同目録一記載の各土地と合わせて、以下「本件土地」という。)を購入した。なお、同目録二の土地は、都(普通会計)が東瀝青株式会社から購入したものである。
2 都は、本件土地の購入後、同土地が日化工による六価クロム鉱さいの投棄により汚染されていることが判明したため、同社に対する民法五七〇条の瑕疵担保責任に基づく損害賠償の訴えを当庁に提起した(東京地方裁判所昭和五〇年(ワ)第一〇八四六号及び同第一〇八四八号)が、昭和六一年四月一六日、同社との間で、次の(一)及び(二)の内容の裁判上の和解(これに係る和解契約を、以下「本件和解契約」という。)が成立した。
(一) 昭和五〇年(ワ)第一〇八四六号事件
(1) 日化工は、都に対し、別紙物件目録一記載の各土地に係る六価クロム鉱さい及びこれによる二次汚染土(これらを以下「本件鉱さい土壤」という。)のすべてを、遅くとも平成二年一二月末日までに、本件土地において無害化処理する。
(2) 右(1)の無害化処理は、次に定める方法によるほか、都環境保全局の指示するところによるものとする。
ア 本件鉱さい土壤を掘削し、硫酸第一鉄を混合して還元処理する。
イ 本件土地の周囲に鋼矢板を打ち込み、その内側に粘土壁を設置する。
ウ 処理済鉱さい土壤の盛土上面に粘土及び遅効性還元剤による遮断層を設置する。
(3) 右(1)及び(2)に定める処理の費用(ただし、同年(ワ)第一〇八四八号事件に係る鉱さい土壤の処理費等を含む。)は、金一〇億九一〇〇万円とし、日化工の負担とする。
(4) 都及び日化工との間には、本和解条項に定めるもののほか、本件に関し、なんらの債権債務のないことを相互に確認する。
(5) 訴訟費用は各自の負担とする。
(二) 同年(ワ)第一〇八四八号事件
(1) 「別紙物件目録一記載の各土地」を「別紙物件目録三記載の各土地」と読み替えるほか、右(一)の(1)に同じ
(2) 右(一)の(2)に同じ
(3) 日化工は、昭和六一年四月一日以降、本件鉱さい土壤の処理完了時まで、江東区大島九丁目二一八番所在の排水処理施設を管理し、排水の処理等を行う。
(4) 「右(1)及び(2)」を「右(1)ないし(3)」と、「同年(ワ)第一〇八四八号事件」を「同年(ワ)第一〇八四六号事件」とそれぞれ読み替えるほか、右(一)の(3)に同じ
(5) 日化工は、都に対し、本件鉱さい土壤のうち、都がすでに無害化処理をした一万五三〇〇立方メートルの鉱さい土壤の処理費用として金二億一八四二万円を都指定の方法により支払う。
(6) 右(一)の(4)に同じ
(7) 右(一)の(5)に同じ
3 現在、本件和解契約に基づく次の内容の工事(以下「本件工事」という。)が進行中である。
(一) 処理数量
汚染面積 約二万五〇〇〇平方メートル
鉱さい 八万六〇〇〇立方メートル
二次汚染土 五万立方メートル
(二) 処理地
本件土地及び別紙物件目録二記載の土地
(三) 処理工法
(1) 汚染土地の処理
地盤内の鉱さいは、掘削し、還元剤と十分混合して還元処理した後埋め戻す。
盛土部分については、切り崩し、還元剤と十分混合して還元処理した後、敷地全体に4.6メートルから4.9メートルの高さに積み上げる。
二次汚染土は掘削混合により還元処理を行って埋め戻す。ただし、地下水のため掘削混合が困難な場合には、還元剤散布による浸潤処理を行う。
(2) 外周遮断
処理済鉱さいの盛土外周には遮断鋼矢板を不透水層まで連続して打ち込むとともに、その内側に加硫系合成ゴムシートを貼り付けた構造の遮断壁を設け、周辺地盤と遮断する。
また、地下鉄構築の外周にも処理地と遮断のためゴムシート層を設ける。
ゴムシートは、強度及び耐酸性など物理的・化学的に十分な物性を有し、日本工業規格(A―六〇〇八)に適合する材質のものを使用し、鋼矢板内側に合板ベニヤを取り付けた上接着する。
鋼矢板の凹部と合板ベニヤとの間にはモルタル等を充填し、一体の構造とする。
(3) 上面遮断
処理済鉱さいの上面について、不透水性、非通気性の確保を目的とした粘土層(厚さ三〇センチメートル以上)による遮断層を設け、さらに、クロムの捕捉を目的とした亜炭、酸性白土による遅効性還元吸着剤層を設けて、その上部に覆土を行う。
なお、盛土法面の安定を図るため、法尻に雨水を集水し排水する施設を設ける。
三住民監査請求(この事実は、当事者間に争いがない。)
甲及び乙事件原告らは、平成三年一一月一二日、都監査委員に対し、被告都知事が違法な本件工事を行っているとして、同被告が自ら本件工事の準備作業及び施工をし、又は日化工にさせることの差止め及び同被告が本件工事に要する経費に充てるため公金を支出することの差止めを求めて監査請求をし、さらに、平成四年二月一九日、同監査委員に対し、被告局長が違法な本件工事並びに違法な前記排水処理施設の管理及び排水処理(以下「本件排水処理施設の管理等」という。)を行っているとして、同被告が自ら本件工事をし、又は日化工にさせることの差止め、本件工事及び排水施設の管理等の経費に充てるための公金支出の差止め並びに被告戸澤が都に損害賠償をすることを求めて監査請求をしたが、いずれも平成三年一二月一七日付けで、財務会計上の行為をうかがわせる事実はないとして不適法却下された。
また、丙事件原告らは、平成四年二月一九日、都監査委員に対し、被告都知事が違法な本件工事を行っているとして、同被告が自ら本件工事をし、又は日化工にさせることの差止め及びこれに要する経費に充てるための公金支出の差止めを求めて監査請求をしたが、これも平成四年三月二四日付けで右同様の理由により不適法なものとして却下された。
四本件請求の内容
1 甲及び丙事件原告らは、本件工事が、一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令(昭和五二年三月一四日総理府・厚生省令一号、以下「基準省令」という。)の規定する構造を備えた最終処分場に埋め立てする方式で行われる予定となっていないことから、これを施工すれば、公共地域及び公共水域に有毒物質である六価クロムが排出されて環境破壊、人体被害が発生する蓋然性が高く、また、同工事は地元住民に対し環境に与える影響を十分に説明すべき民主的手続を欠いて決定されたものであるから、同工事の施工及びこれに係る公金の支出は違法であるとして、被告都知事に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、本件工事の施工(請求の趣旨一の1)及び本件工事費用に充てるための公金の支出(同一の2)の各差止めを求めるとともに、右工事の費用に充てるため公金の支出をすれば故意又は過失により違法に都に損害を与えることになるとして、被告鈴木に対し、同項四号に基づき、本件工事の費用に充てるための公金の支出を停止条件とする当該支出相当額の内金一億円の損害賠償の支払(同一の3)を求めている。
2 乙事件原告らは、右1と同様の理由により、被告局長に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、本件工事の施工(請求の趣旨二の1)の差止め並びに本件工事の費用(同二の2)及び本件排水処理施設の管理等の費用(同二の3)に充てるための公金の支出の差止めを求めるとともに、被告戸澤が排水処理施設の管理等について違法に公金を支出したとして、同被告に対し、同項四号に基づいて、当該支出相当額の内金一〇〇万円の損害賠償の支払(同二の4)を求めている。
五本件の争点
本件においては、本案前の問題として、差止めの対象としての本件工事を都が施工しているものか否か及び被告都知事又は被告局長が本件工事につき公金を支出することが相当な確実さをもって予測されるか否か等が争われているほか、本案の問題として、被告戸澤が本件排水施設の管理等について公金を支出して都に損害を与えたか否かが争われている。
これらの点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。
1 本件全請求に共通する本案前の主張
(一) 原告ら
本件において、都監査委員は、本件工事及び本件排水施設の管理等は、日化工が本件和解契約に基づいて同社の費用負担で行うこととされているから、財務会計上の行為をうかがわせるものは存在しないとして、原告らの住民監査請求をいずれも却下している。しかし、財務会計上の行為がないとの右監査委員の判断は誤りである上、財務会計上の行為の存否は監査請求の手続上の問題ではなく実体上の問題であるから、右「却下」の監査結果は、「棄却」の趣旨と解すべきである。したがって、いずれにせよ、本件においては、監査請求前置の要件は満たしている。
(二) 被告ら
住民訴訟を提起するには、適法な住民監査請求を前置すべきであるが、本件では原告らの住民監査請求は前記のとおり却下されているところ、右却下の監査結果は適法であるから、本件訴えはいずれも適法な監査請求の前置を欠くものとして不適法である。
2 被告都知事及び被告局長に対する本件工事の差止請求(請求の趣旨一の1及び同二の1)に関する本案前の主張
(一) 原告ら
(1) 本件工事は、都の所有する財産である本件土地について、その財産的価値の回復のために、都が買主としての立場で和解契約により日化工に行わせているものであるから、被告都知事及び被告局長による財産管理行為というべきである。そして、このことは、本件和解契約において、本件工事が、被告都知事の指揮の下で、かつ、被告局長と共同してなされる都環境保全局の指示に基づいて行うとされているため、被告都知事及び被告局長の指示なくしては行い得ない工事であること及び都の職員が本件工事についての付近住民に対する説明会を主催し、本件工事は都が行う旨説明していることからも明らかである。
また、本件工事の対象には、本件和解の対象外の土地である別紙物件目録二記載の土地が含まれており、少なくともこの土地に関する工事は都が実施主体であると解される。
(2) 都は、前記のとおり、昭和五〇年に、日化工に対し、本件土地の汚染土処理のために要する費用として合計一三億三六〇〇万円の損害賠償請求訴訟を提起しており、これを平成元年度価格に算定し直すと、本件工事にはおよそ二二億〇一四三万円を要することとなると推測される。そして、都は日化工との間で、本件和解契約で本件工事等の費用を、既工事分も含め合計一三億〇九四二万円負担させる旨合意しているから、右の日化工の負担分を超える工事費用は、結局都が負担せざるを得なくなることとなる。そして、右のとおり都が支払を余儀なくされることとなる日化工の負担部分を超える工事費用のうち、少なくとも一億円は、被告鈴木の賠償能力を超え、この額につき都に回復困難な損害が生ずるおそれがあることとなる。
のみならず、本件工事は基準省令に違反しているため、国の機関としての都知事は、都に対し、廃棄物の処理及び清掃に関する法律一九条の三第二号により、本件鉱さい土壤及び二次汚染土の「処分の方法の変更その他必要な措置を講ずべきことを命じ」なければならなくなり、また、同法一九条の四第一項二号により、生活環境の保全上の「支障の除去又は発生の防止のために必要な措置を講ずべきことを命じ」なければならなくなる。このことにより、都は、本件土地及び別紙物件目録二記載の土地について再工事を余儀なくされ、回復困難な損害を受けることとなる。
また、本件工事により六価クロムによる公害が発生し、付近住民の健康が損なわれることとなって、都は、その補償や公害防止施設の設置等のために多大な出費をせざるを得なくなることから、このことからも都に回復困難な損害が生ずるおそれがあることとなる。
さらに、本件工事には、汚染されていない別紙物件目録二記載の土地も使用することが認められており、本件工事が行われることで右土地の土壤が六価クロムにより汚染され、その価値を低減させることとなるから、この点からも本件工事の施工は都に回復困難な損害を与えるおそれがあるというべきである。
(二) 被告都知事及び局長
本件工事は、日化工が、本件和解契約の履行行為として、自ら施工主体となって工事請負業者と工事契約を締結し、自己の費用負担で施工しているものであり、被告都知事及び被告局長が主体となって工事を行い、若しくは、契約に基づき、又は、指示により、日化工に本件工事を行わせているものではなく、このことは将来においても同様であるから、本件においては差止めの対象となる財産管理行為を欠く。なお、都環境保全局の指示は、環境行政の見地からなされる非財務会計上の行為であり、本件工事が右指示に基づいて施工されるからといって、これが同被告らによる財務会計上の行為であるということはできない。
また、別紙物件目録二記載の土地については、都と日化工との間で、本件和解契約に基づく工事の処理地とする旨の合意がされているものである。
したがって、被告都知事及び被告局長に対する本件工事の差止請求は不適法である。
3 被告都知事及び被告局長に対する公金支出の差止請求(請求の趣旨一の2並びに同二の2及び3)に関する本案前の主張
(一) 原告ら
右2の(一)の(1)によれば、本件工事が行われると、都が工事費用の不足分として約九億円もの公金の支出をしなければならなくなるから、被告都知事及び被告局長が公金の支出をする蓋然性がある。
(二) 被告都知事及び被告局長
本件処理工事及び本件排水施設の管理等は、本件和解契約に基づき日化工の費用でなされているものであり、被告都知事及び被告局長がこれに関して公金を支出することはあり得ない。したがって、同被告らに対する公金支出の差止めを求める訴えはいずれも不適法である。
4 被告鈴木に対する損害賠償請求(請求の趣旨一の3)に関する本案前の主張
(一) 甲及び丙事件原告ら
前記3の(一)によれば、被告鈴木が将来違法な公金の支出に及ぶことが相当な確実さをもって予測できるから、将来の給付請求として、あらかじめ損害賠償の請求をすることができるものというべきである。
(二) 被告鈴木
住民が地方公共団体に代位して違法な公金支出等の行為をした職員に対して損害賠償の請求ができるのは、当該職員が違法な公金支出等の行為をして現実に損害が発生している場合に限られるものと解され、本件のような将来の給付の訴えは許されない。
仮に、現実の損害が発生していない場合に、民事訴訟法二二六条が準用され、将来の給付の訴えが可能であるとしても、将来の給付の訴えは、その基礎となる事実関係・法律関係が既に存在し、ただこれに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証できる別の一定の事実の発生にかかっているにすぎない場合にのみ例外として訴えの利益が認められるものであるが、被告鈴木が将来において本件工事に関し公金を支出する予定はない。そうすると、本件においては、そもそも被告鈴木の具体的な給付義務の成立を基礎付ける事実がないから、公金の支出が行われることを停止条件とする将来の給付の訴えである被告鈴木に対する損害賠償請求は不適法である。
5 被告戸澤に対する損害賠償請求(請求の趣旨二の4)に関する本案の主張
(一) 乙事件原告ら
被告戸澤は、本件排水施設の管理等に要する費用として、これまで年六〇〇〇万円の違法な公金の支出をして、都に損害を与えているから、同被告は、都に対し、その額に相当する損害を賠償する責めを負う。
(二) 被告戸澤
本件排水施設の管理等は都の行為ではなく、日化工がその費用を負担して行っているものであるから、被告戸澤はこれにつき公金の支出をしておらず、都に対して損害も与えていない。
第三争点に対する判断
一監査請求前置の有無について
本件においては、前記のとおり、原告らによる監査請求は財務会計上の行為の不存在を理由として不適法却下されている。しかし、監査請求手続において請求人の主張する財務会計上の行為が認められないからといって、そのことから監査請求の手続自体が不適法となるものではなく、その存否の判断は監査請求における実体上の問題であると考えるべきである。その意味で、本件監査結果は棄却の判断をすべきところ誤って却下の判断をしてしまったものといわざるを得ない。かかる場合においては、原告らは適法な監査請求を経たものというべきであり、第二の五「本件の争点」の1の(一)における原告らの主張は、右の限度で理由がある。
そこで、以下、各請求ごとに、その余の争点について判断する。
二被告都知事及び被告局長に対する本件工事の差止めの訴えについて
1 前記第二「事案の概要」の二に記載した事実に照らせば、本件工事は、日化工が、本件和解契約に基づいて、その債務の履行行為として、自ら施工しているものであり、被告都知事及び被告局長が主体となって施工し、又は日化工に施工させているものではないものといわざるを得ない。したがって、本件工事の施工は、地方自治法二四二条の二第一項一号の「当該執行機関又は職員」の行為には当たらない。
2 これに対し、原告らは、本件工事は都の所有する土地の価値の回復のために都が和解契約により日化工に行わせているものであるから、その施工は被告都知事及び被告局長による財産管理行為であると主張する(第二の五「本件の争点」の2の(一)の(1))。
しかし、本件和解契約の内容に照らせば、本件工事は、これにつき都の主体的な行為は全く予定されておらず、専ら日化工の責任において工事請負業者と工事契約を締結し、日化工の費用負担において施工されるものであると認められるから、その施工を被告都知事又は被告局長の行為と解する余地はないものというべきである。また、本件和解契約においては、本件工事は都環境保全局の指示に基づいて行われるものとされているけれども、この指示は、環境保全の見地からなされるものであって、これ自体財務会計上の行為に当たらないし、日化工が本件工事を行うに当たっての都の補助的な協力手段ないし規制手段であると認められるから、本件工事が右指示に基づいて施工されるからといって、これが被告都知事又は被告局長の財務会計上の行為となるものではない。なお、仮に都が住民説明会を主催し、そこにおいて本件工事は都が行うものと説明していた(第二の五「本件の争点」の2の(一)の(1))としても、そのことから直ちに右工事の主体が都であると解することはできない。
また、原告らは、別紙物件目録二記載の土地は本件和解契約の対象とはなっておらず、少なくともこの土地に関する限りは都の施工する工事であると主張する(第二の五「本件の争点」の2の(一)の(1))。
しかし、弁論の全趣旨によれば、本件和解契約の対象となっていない右土地が本件工事の処理地とされているのは、都と日化工の間で本件和解契約に基づく工事に使用する旨の合意がされたことによるものであることは明らかであり、右土地に関する工事は本件和解契約に基づくものと同趣旨の日化工による工事であると認められるから、原告らのこの主張も失当である。
3 右のとおりであるから、被告都知事及び被告局長に対して本件工事の差止めを求める訴え(請求の趣旨一の1及び二の1)は、いずれも差止めの対象としての財産管理行為を欠くこととなる。
三被告都知事及び被告局長に対する公金支出の差止めの訴えについて
前記第二「事案の概要」の二に記載した事実によれば、本件工事は日化工の費用負担において施工されるものであり、本件和解契約で定められた金額どおりの工事が行われることを予定しているだけで、これを超える工事は予定されていないものと認められる。したがって、被告都知事に対する公金支出の差止めの訴え(請求の趣旨一の2)については、被告都知事が本件工事に関し公金を支出する蓋然性があるとは認められない。
また、請求の趣旨二の3の差止めの対象である公金支出に係る本件排水処理施設の管理等の行為は、本件和解契約において定められた昭和六一年四月一日から本件工事の完了時までのものを指すものと解されるところ、同契約においては、右行為の主体は日化工であると定められていることが認められるから、これについても被告局長が公金を支出する蓋然性があるとは認められない。
四被告鈴木に対する訴えについて
将来の給付の訴えは、その基礎となる事実関係及び法律関係が既に存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証できる別の一定の事実の発生にかかっているにすぎない場合にのみ例外として許されるものと解されるところ、前記二及び三で判示したところに照らせば、被告鈴木が本件工事に関し公金を支出する蓋然性があるとは認められないというべきであるから、右行為が行われることを停止条件とする将来の給付請求である被告鈴木に対する損害賠償請求の訴え(請求の趣旨一の3)は、将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格性を有しないこととなる。
五被告戸澤に対する請求について
被告戸澤に対する損害賠償請求の請求原因である公金支出行為は、本件和解契約において定められた昭和六一年四月一日から本件工事の完了時までの期間における本件排水施設の管理等に係るものを指すと解されるところ、前記三で判示したところに照らせば、右管理等は日化工によって行われており、同被告がこれにつき公金を支出したことを認めるに足りる証拠は何ら見当たらない(なお、仮に右請求原因が昭和六一年三月三一日以前における本件排水施設の管理等に係る公金支出を含むものであるとしても、本件においては、右管理等及び公金支出それ自体が違法であることの主張立証はない。)。
したがって、請求の趣旨二の4については、請求原因事実を認めることができない。
六結論
以上のとおりであるから、乙事件原告らの被告戸澤に対する請求は理由がないものとして棄却すべきこととなり、その余の請求に係る訴えは、いずれも不適法なものとして却下すべきこととなる。
(裁判長裁判官秋山壽延 裁判官原啓一郎及び裁判官近田正晴は、いずれも転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官秋山壽延)
別紙物件目録<省略>